インタビュー

《インタビュー》増 麻那美氏

農業、テクノロジー、コミュニティで奄美の精神を育む

エヴァンゲリア・パポツァキ・桑原季雄からのインタビュー


増麻那美さんへのインタビューを通して見えてくるのは、現代の起業家精神と深い自然・文化的なつながりの交差点で、意識的に人生を築き上げている一人の女性の豊かな姿です。彼女の物語は単なる「自然への回帰」ではなく、現代と伝統、個人の志と地域社会への責任、そして離島特有の環境課題との間での複雑なバランスを取る取り組みなのです。


 

東京の医療機器業界から奄美の畑へ:ある女性の旅路
増麻那美さんの人生は、まるで奄美大島へのラブレターのようです。1978年、奄美市名瀬で生まれ、豊かな自然に囲まれて幼少期を過ごした彼女は、進学と就職のために東京へ。臨床検査技師として病院勤務や医療機器販売の世界で20年近く働き、都市のスピード感の中でキャリアを築いてきました。しかし、「いつか帰郷したい」という気持ちは常に心のどこかにありました。

2011年の東日本大震災が、彼女にとって大きな転機となります。「家族のそばにいることの大切さに気づかされた」と彼女は振り返ります。増さんの奄美への思いはますます強くなり、2012年には奄美大島へUターンしました。

ジャム作りから農業へ:自給自足の精神を受け継いで
島に戻った当初は検査技師として働きながら、民宿を開く夢を温めていました。その一方で、島で採れる果物を原料にしたジャムの製造販売もはじめました。幼い頃から祖父が経営する果樹園に出入りしたり、農作業を手伝ったりするなかで、青果として出荷できない果実が存在することを知りました。それらを使って、母親が手作りのジャム等を作って食べさせてくれていたのですが、そのジャムが原点となってビジネスへと発展しました。

2014年、「きゃしなふ」というオンラインショップを開設。「身を養うより氣を養う(心や精神が大事)」という奄美の古い言葉に由来するこの名前には、彼女の信念が込められています。奄美の食や文化などを通して、身体だけでなく心も養う活動ができたらという思いで商品を製造販売したり、情報を発信しているのです。グァバやタンカンなど、島の恵みを使ったジャムは、全国にファンを広げています。

しかし、増さんの挑戦はそれだけにとどまりません。母や叔父など「美味しい農作物」を栽培する担い手が高齢になっていくなかで、その活動を引き継ぐ必要性を感じ、「誰かがやらなければ」と一念発起。農業未経験ながら瀬戸内町で研修を受け、ハウス栽培や熱帯果樹の栽培を学びました。現在では1.4エーカー(約0.58ヘクタール)の農地を管理し、パッションフルーツやドラゴンフルーツ、タンカンなどの柑橘を栽培しています。農地は村人から借りているものも多く、地域とのつながりも深まっています。

島で農業をするということ:困難と喜び
離島での農業は決して楽ではありません。勢力の強い台風による作物へのダメージや輸送トラブル、コオロギやカタツムリ、リュウキュウイノシシやアマミノクロウサギなどによる食害、輸送コストの高さなど、課題は山積みです。それでも増さんは、この仕事がもたらす「つながり」と「シンプルさ」に生きがいを感じています。

一番の喜びは、顧客からの声。東京の女性から「母を亡くして以来、初めて家族が笑顔になったのは、増さんのパッションフルーツを食べたとき」といったメッセージを受け取ったこともありました。また、タンカンジャムを一口食べて「奄美にふりそそぐ太陽を感じた」と感動する人も。「こういう声があるから、私はここにいる」と彼女は語ります。

農法も自然との共生を重視。農薬は極力使わず、カエルを畑に放して害虫駆除をするなど、自然な方法を試行錯誤。土壌の状態も丁寧に記録し続けています。「パッションフルーツは優しい果物。ちゃんと手をかければ、何倍にも返してくれる」と笑います。

消えゆく集落、しかし希望は残る
かつて900人が暮らした阿鉄集落は、今ではわずか45人に。イノシシがはびこる荒れ地が、人口減少の現実を物語ります。しかし増さんは、その中に希望を見出します。「自然が土地を取り戻しつつある。でも、お年寄りたちは誰かが畑を耕しているのを見て安心してくれている」。

彼女の仕事は、単なる農業ではありません。それは文化の継承でもあります。シマ唄を高齢者から学び、ハチガツオドリ(八月踊り)などの祭りにも積極的に参加。「これらの伝統は、鹿児島というより琉球とのつながりを感じさせるもの。奄美独自のアイデンティティがここにある」と誇りを込めて話します。

夢見たゲストハウスと、シンプルな暮らし
もともとの夢であったゲストハウス「きゃしなふ」は、まだ実現していませんが、彼女の心の中では色あせていません。「何もしなくていい、ただ鳥のさえずりと小川の音を聞く場所。そんな静かな時間を提供したい」と語ります。「島に来た人は、どうしてか感情が豊かになるようです。『心が放電して充電してる』って実感するからだと思います。それが奄美の魔法」。

今の暮らしは、東京でスーツを着てネイルサロンに通っていた日々とは全く異なります。夏は作業服の下に水着を着て、作業後に川でクールダウン。「ここでは化粧もヒールもいらない。必要のないものを、どんどん手放してきた」。

一瓶のジャムに込めたメッセージ
増麻那美さんの物語は、再生・挑戦・そしてふるさとへの深い愛に満ちたものです。グァバのジャムでも、将来のゲストハウスでも、彼女が伝えたいのは「奄美の精神」。それは、体だけでなく心も養う力を持つものです。

「やめたくなる時もあるけど、果物を食べて笑顔になる人たちを思い出すと、それだけで続けようと思える」と語る彼女。

増さんは、ただの農家ではありません。彼女は、生産者・販売者・マーケター・物流管理者・コミュニティのキュレーターといった、通常なら分業される役割を一人でこなす「統合型起業家」なのです。

都会的なライフスタイルを脱し、デジタル技術を活用しながら、自然との関係を再構築する彼女の生き方は、まさに現代的な「リワイルド(再野生化)」の実践例。テクノロジーをグローバルに使いながら、超ローカルな暮らしを持続可能にしています。

離島という視点では、過疎と経済停滞へのカウンター。ジェンダーの視点では、独立したテック系女性農家という新しいロールモデル。そしてエコフェミニズムの視点では、土地の健康と人々の身体的・精神的な健康を直接的に結びつける「ケアの倫理」の実践者。

このように、増さんの物語は、近代性と伝統、デジタルなつながりと深い地域密着性、起業精神とケアの倫理がどのように融合し、現代の島暮らしの中で持続可能で満ち足りたモデルを築き上げるかを示す、力強い実例となっています。


麻那美さんの旅の詳細については、彼女のFacebookをフォローするか、あるいは彼女のオンラインショップ「きゃしなふ」を訪ねてください。奄美の味覚があなたを待っています。

  • facebook
  • X
  • line

インタビュー” 関連記事