奄美大島の森/植物

ミステリアスな奄美の森(エッセイ)

ミステリアスな奄美の森に魅せられて

自然にひかれて奄美大島に移住する人は多い。大半の人は海があまりにきれいだったのでここを選んだという。私の場合は少しばかり理由が異なっている。森があまりにすばらしかったのでこの島を選んだのだ。

誤解されないように言っておかねばならないが、奄美の森は決して美しいものではない。新緑といっても繊細さにかけるし、紅葉もほとんどないに等しい。さらに言えば、この森は親しみやすくもない。気軽にハイキングに行こうかとか、ちょっと山菜とりに行こうという気にはならない。昼なお薄暗く、人の侵入を拒絶してきた森。神が住むと人々から畏敬の念で見守られて来た森。そんな森に私はひかれたのだ。

森が暗いのは照葉樹林だからである。スダジイやイジュやタブノキなど、肉厚で濃緑の葉が山全体を覆っている。もこもこっと盛り上がった森はエネルギーにあふれ、それ自体が大きなひとつの生き物のようにも見える。旺盛な生命力―これが奄美大島の森の魅力だ。事実、南西諸島随一の面積を誇る照葉樹林は無数の生命を育んでいる。大学で生物学を学んだ私にとって、これほど魅力的な森はない。

昼間の森、それは植物と昆虫の世界。十分な陽光と豊富な雨を浴びて、森にはさまざまな植物たちが繁茂している。緑の葉を天に向け、いっせいに光合成をおこなっている。なかには花をつけた植物もある。花の周りにはチョウやハチなどの昆虫が集まってくる。よく見ると、木の幹や葉の裏にもいろんな虫が暮らしていることがわかる。植物は昆虫に依存し、昆虫は植物に依存して生きている。

 

うっそうとした森(奄美大島中南部)

森から霧が立ち上がる幻想的な風景

深夜の森、それは動物たちの天下。動物の気配がいたるところに充ちている。満天の星の下、どこからともなく不思議な鳴き声が森に響き渡る。林床の湿った場所にたくさんのカエルたちを発見した。そのカエルを狙ってヘビが音もなく忍び寄ってくる。林道の脇にはアマミノクロウサギ、樹木の枝にはケナガネズミ……夜行性の哺乳類たちが食べ物を探している姿を目撃することもできる。

ヒカゲヘゴが茂る奄美大島の森

早朝の森、それは野鳥の時間だ。リュウキュウコノハズクが夜のお勤めを終える頃、オオトラツグミが控えめにさえずりはじめる。ルリカケスのだみ声を合図にアカヒゲの美声が割って入り、オーストンオオアカゲラの豪快なドラミングが加わる。やがてメジロやシジュウカラ、ヒヨドリなどの聞き慣れた声が混じると、いつしか森はすっかり明るくなっている。

奄美の森はとってもミステリアス。入るたびに生き物との出会いがあり、新たな発見がある。五感が刺激されると、脳も活性化されるのだろうか。実はミステリのプロットを練るにもかっこうの場所なのだ。今日はどんな感動が待っているのだろう。期待を胸に森に出かける毎日である。

リュウキュウコノハズクOtus elegansは、小型のフクロウ(約22㎝)

アマミヤマシギScolopax miraは、琉球列島だけに生息する鳥で飛ぶのが苦手といわれている。

写真/浜田太©

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